花田勝氏と美恵子夫人が離婚
花田勝氏と美恵子夫人が離婚
花田勝氏と美恵子夫人が離婚していたことが3日分かった。2日に離婚届を提出したとの事。美恵子夫人が嫁になった時はなんて羨ましいと思ったものだが、反面、奥さんとして続くのかなぁ?との不安もあった。しかし4人も子供をもうけて、しっかり妻の役目を果たしていたようにみえる(実際はわかりませんが・・・。夫婦だからいろいろあるんでしょう。きっと。)。以前から不仲説が囁かれていて、時間の問題だったのかもしれない。
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■花田勝氏と美恵子夫人が離婚 FAX全文
皆様
去る2007年10月2日(火)正式に書面を提出し離婚という道を選ぶ事となりました。
2人で時間をかけて話し合い、このような結果となりました。
出逢えたこと、4人の子供を授かったことなど13年間の結婚生活に感謝しています。
これからも2人を温かく見守って頂けると嬉しく思います。
2007年10月3日
花田勝
花田美恵子
■花田勝氏プロフィール
花田勝(はなだ・まさる)1971年1月20日生まれ。実業家、タレント、スポーツキャスター、元大相撲力士(第66代横綱)、アメリカンフットボーラー。東京都中野区出身。力士時代の四股名は若乃花 勝(わかのはな まさる)。父は元大関・貴ノ花利彰(本名・花田満)、母は女優の藤田憲子、弟は第65代横綱・貴乃花光司。義妹(弟の妻)に元フジテレビアナウンサーの河野景子、親戚に米米CLUBの石井竜也・金子美奈子兄妹がいる。得意料理はナスの浅漬け。
東京文化小学校卒。1988年3月 - 明治大学付属中野高等学校を中退し、藤島部屋(のちの二子山部屋、現在の貴乃花部屋)に弟の光司と同期入門、四股名は若花田 勝(わかはなだ まさる)。ほかに同期の力士は曙太郎、魁皇博之ら。名前は父で師匠の藤島親方が兄の勝治(伯父)にちなんで「勝」と名づけた。
1990年3月 - 十両昇進
1990年9月 - 幕内昇進
1991年11月 - 小結昇進
1993年1月 - 初の幕内最高優勝
1993年5月 - 関脇昇進、四股名を若ノ花 勝(わかのはな -)に改める。
1993年9月 - 大関昇進、伝達式口上で「一意専心の気持ちを忘れず相撲道に精進する」と述べる。
1994年6月 - 元ファッションモデルで日本航空客室乗務員の栗尾美恵子と結婚。
1994年11月 - 四股名を若乃花 勝(わかのはな - )に改める。
1995年11月26日 - 十一月場所千秋楽、史上初の兄弟による優勝決定戦で、弟貴乃花を破り幕内最高優勝を果たす。
1998年7月 - 横綱に昇進、史上初の兄弟同時横綱が実現する。横綱土俵入りは不知火型を選択。伝達式口上で「堅忍不抜の精神で精進していく」と述べる(この際、綱取りのかかった場所で12勝3敗という成績が昇進に値するかどうかで議論され、「全勝優勝を求めるべし」と昇進を見送る意見もあった)。
1999年1月 - 千秋楽まで単独首位であったが、本割と優勝決定戦で関脇・千代大海に敗れ、横綱初優勝ならず。
1999年9月 - 十日目の闘牙戦で、左太腿の肉離れを起こす。協会からの休場勧告を無視して千秋楽まで出場するも、7勝8敗で負け越し(横綱が皆勤しての負け越しは史上4人目(5例目)、15日制が定着してからは大乃国に次いで2人目)。
2000年3月16日 - 三月場所5日目に現役引退を表明、年寄藤島を襲名する。最後の対戦相手は、奇しくも明大中野高校の後輩でもある、関脇(当時・のち大関)の栃東大裕だった。本人は高校の後輩として面倒を見ていた栃東ならば、最後の対戦相手として不足はない、と考えていたという。実際、現役最後の白星となった4日目玉春日戦の取組後、翌日の対戦相手が栃東と決定した時に、女将(当時)で実母の憲子から電話で「明日栃東でしょう。良かったわね」と話すと、若乃花も「そう。よかったよ、ダイスケで」と喜んだ。しかし、この電話で二人は「栃東戦が最後の相撲」と、通じ合っていたという。
2000年9月23日 - 断髪式。若乃花最後の横綱土俵入りには太刀持ちに曙、露払いに貴乃花と両横綱が務めた。日本テレビ系列での中継は関東地区22.6%、関西地区25.6%(ビデオリサーチ調べ)の高視聴率を記録する。実弟、光司が鋏を入れた後、そっと勝の肩に手を掛けるシーンが涙を誘う。
2000年12月18日 - 日本相撲協会を退職。
以降、アメリカンフットボール選手を目指し渡米、さらに本名の花田勝でタレント・スポーツキャスターとして活動を行う。
2005年5月30日 - 実父で師匠の二子山親方(花田満、元大関貴ノ花)死去。6月2日に東京都港区の青山葬儀所で行われた告別式で喪主を務めた。その頃、弟の貴乃花親方との確執が再び明らかとなった。この一件では、貴乃花親方が一種の舌禍騒動の様な状態に陥ったのとは対照的に、何を言われても頑なに沈黙をつらぬいた。
現在は東京都、大阪府、愛知県などでちゃんこ料理屋「Chanko Dining 若」を経営し、大相撲の本場所では懸賞の提供企業にもなっている。このちゃんこ屋は2006年8月現在兵庫県姫路市や岡山県、京都府、神奈川県などに進出し、遂には韓国にも出店した事で店舗数は23店舗。また、最近は「Korean Dining 焼肉66亭」「WAKAS' GRILL AND SEAFOOD」をオープンし、テレビのキー局でもコマーシャルを打つ程に至って盛業であり、自身のタレント活動も含めて、角界出身の実業家としては実に大谷米太郎以来の大成功とまで言われている。
2005年7月7日 「Chanko Dining 若」が新宿にもオープン、それと同時に父の遺産の放棄を宣言している。遺産放棄の理由は明らかにされていないが、彼のタニマチによれば、「現在は実業家として、父親より稼いでいるから放棄した」と言われている。
(Wikipediaより引用)
■花田勝氏と美恵子夫人が離婚関連記事
◇花田勝氏 美恵子さんと離婚
大相撲元横綱若乃花の花田勝氏(36)が妻の美恵子さん(38)と離婚していたことが3日、分かった。2人の署名が入ったファクスが所属事務所を通じて報道各社に送られ、2日に「書面を提出し離婚という道を選ぶ事になりました」と報告。さらに「2人で時間をかけて話し合い、このような結果となりました。出逢えたこと、4人の子供を授かったことなど13年間の結婚生活に感謝しています。これからも2人を温かく見守って頂けると嬉しく思います」とつづられていた。
(スポニチより引用)
