O・J・シンプソン氏、今度は・・・?
O・J・シンプソン氏、今度は・・・?
O・J・シンプソン氏、今度はラスベガスで強盗容疑で取り調べを受けているらしい。久しぶりに名前を聞いたと思ったら・・・。前回の事件も刑事事件としては無罪となったものの民事裁判では補償賠償と懲罰賠償命令が下っている。真実はグレーのままである。

■O・J・シンプソンとは
オレンソール・ジェームズ・シンプソン(Orenthal James Simpson, 1947年7月9日 - )は、アメリカ合衆国のプロフットボール選手および俳優。O.J.(アメリカ合衆国でオレンジジュースの略語)のイニシャルでよく知られ、ジュースの愛称で呼ばれた。彼はアメリカン・フットボール選手として栄誉の殿堂入りした。また、日本においては恐らく、1994年に発生した彼の元妻の殺害事件で最も有名である。
◇前妻の殺害と裁判
1994年6月13日午前0:10頃、シンプソンの別れた妻(ニコル・ブラウン)とその友人(ロナルド・ゴールドマン) の死体がカリフォルニア州ロサンゼルス、ブレントウッドにあるニコルの自宅玄関前で発見されたことから始まった。当時イリノイ州シカゴにいたシンプソンは、警察からの連絡でブレントウッドに一番早い便で帰った。飛行機から降りたシンプソンはいきなり手錠をはめられたが、顧問弁護士であるハワード・ワイズマンによりすぐに解かれた。
その後もシンプソンは冷静に対処し、一度釈放されたが、その後、ロサンゼルスのハイウェイをパトカーの追跡を振り切り逃亡するといった疑わしい行為により捕らえられ、その後第1級殺人罪で逮捕されることとなる。なお、この逃亡劇は全米のテレビで生中継されたために全米中がテレビに釘付けとなり、食事の手間を省くためにピザの注文が急増した。ちょうど行われていたバスケットボールリーグ、NBAファイナルは忘れられて、テレビを見ているものの中からは「GO! OJ」(OJ逃げろ!)という声も起きた。
シンプソンが逮捕された後、多数の出版物は彼の写真を掲載した。タイム誌は彼の皮膚を暗くし、囚人ID番号のサイズを縮小した顔写真を表紙に用いた。一方ニューズウィーク誌はオリジナルの写真を表紙に用い、対照的な二誌が書店のスタンドに並ぶこととなった。タイム誌には市民グループからの抗議が続いた。後に写真を加工したタイム誌のイラストレーター、マット・マフリンは「より巧妙に、より注意を引きたかった」と語った。
OJは全面無罪と主張し、陪審裁判で決着をつけることとなる。OJの裁判では全米で有名な検察・弁護士が出揃い、世紀の裁判と呼ばれた。しかし、誰の目から見ても弁護団と検察では、弁護団のほうが質量ともに検察を凌いでいることは明らかであった。なぜなら、弁護団はドリームチームと呼ばれるほど、有名な弁護士達であったからである。そのためか、この事件を題材にした書籍グレイゾーンでは「単独」の検察、「全米選抜」の弁護団と称された。なお、シンプソンの弁護費用は日本円にして5億円といわれており、その規模がわかる。
被害者が白人で、加害容疑者が黒人であったため、この裁判では人種問題が大きく取り上げられた。人種偏見によって裁判が行われてはならないとして、判事は日系人ランス・イトウが選出された。
弁護士は陪審員を黒人が多い地区から選出することを要求し、採用された。また白人が選出されても検察・弁護側に認められている専断的拒否権(理由を述べることなしに、選出された陪審員を除外することが一定回数以下は可能な権利)を最大限に行使した結果、陪審員12人のうち9人を黒人にすることに成功した。弁護士は殺人事件ではなく、人種問題という観点を裁判に持ち込んだ。注目された裁判のため、陪審員は一時期ホテルに隔離され、新聞を読むことやテレビを見ることも禁止された。1995年に陪審員は無罪と結論し、そのまま判決となった。アメリカでは無罪における検察の上訴は認められていないので、無罪が確定した。
無罪確定の最大の要因となったのは、検察側の証拠捏造疑惑である。ロサンゼルス警察のマーク・ファーマン(黒人差別主義者だったといわれている)が捜査の過程で血をばらまいたと示唆され、証拠が全て捏造されたものではないかと疑われる事態となった。シンプソンが有罪であるとする証拠は揃っていたと考え、証拠の管理体制など検察を批判する者は多い。
(Wikipediaより引用)
■O・J・シンプソン強盗関連記事
◇O・J・シンプソン氏 事情聴取
米ラスベガスの警察当局は14日、元妻らを殺害した罪に問われながら、無罪となった米フットボールの元スター選手O・J・シンプソン氏が13日夜、ホテルの部屋に侵入し、スポーツ関係の記念品を奪ったとして、同氏を事情聴取したことを明らかにした。
しかし、AP通信などによると、シンプソン氏は知人の紹介で、記念品のコレクターに会うためにラスベガスのホテルの部屋に行ったところ、以前盗まれた自分の品々があったため、同行した知人らが取り返したと主張。米プロフットボール、NFLの殿堂入りした際の記念品などがあったという。コレクター側は銃を突き付けられたと主張しているが、シンプソン氏は否定している。
元妻らが殺害された1994年の事件を取り上げたシンプソン氏の“告白本”にあたる「もしわたしが、それを実行したとしたら」が13日に出版されたばかり。 (共同)
(スポニチより引用)
