【訃報】パバロッティ死去【画像有り】
【訃報】パバロッティ死去【画像有り】
皆さんはパバロッティをご存知でしょうか。06年のトリノオリンピックで、「トゥーランドット」を歌ったあの髭の紳士です。1度見たら忘れられない印象の強い人物ですよね。享年71歳だったそうです。
ドミンゴ、カレーラスと並ぶ3大テノールとして有名なイタリアのオペラ歌手パバロッティさんは、去年ニューヨークで倒れてから闘病生活を送っていた。膵臓癌にかかり膵臓を摘出する手術を受けたのも去年。亡くなるまでは自宅で療養していたそうです。
大変偉大な人物を亡くしてしまいました。心よりご冥福をお祈りいたします。
■パバロッティ画像

■パバロッティとは
ルチアーノ・パバロッティ
ルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti、1935年10月12日 - 2007年9月6日)はイタリアのテノール歌手で、オペラ歌手では最も著名な1人だった。
“キング・オブ・ハイC”、“神に祝福された声”と評された豊麗な美声、申し分ない声量、明晰な発音、輝かしい高音が魅力の名テノールであった。20世紀後半にクラシック音楽界が輩出したスーパースターの1人である。
イタリアのモデナ生まれ。父親はパン焼職人の傍ら、才能あるアマチュア・テノール歌手でもあった。同郷で同い歳の名ソプラノ歌手、ミレッラ・フレーニとは幼なじみの上、同じ乳母によって育てられた。師範学校を卒業後、声楽を学ぶ。
1961年にレッジョ・エミーリアの声楽コンクールで優勝し、同年4月29日、同地の市立劇場で『ラ・ボエーム』のロドルフォ役を歌い、オペラの初舞台を踏んだ。この役はその後彼の十八番となり、1963年にはウィーン国立歌劇場とロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(コヴェント・ガーデン)に、1964年にはミラノ・スカラ座にそれぞれロドルフォを歌ってデビューを飾っている。1964年にはオペラ・アリア集をデッカ社に録音、レコード・デビューも果たす。
1965年2月、マイアミでジョーン・サザーランドと『ランメルモールのルチア』に出演して米国にデビューした。1967年、サザーランドとその夫の指揮者リチャード・ボニングと共演のベッリーニ作曲「ベアトリーチェ・ディ・テンダ」全曲盤でオロンベッロを歌い、初めて歌劇全曲盤録音に参加(デッカ)。1968年、やはりロドルフォでニューヨークのメトロポリタン歌劇場にもデビュー。
彼が世界的名声を不動のものとしたのは1972年2月17日にメトロポリタン歌劇場でドニゼッティの『連隊の娘』に出演したときで、パヴァロッティはトニオ役のアリアでハイ-C(高い「ハ」音)を9回苦もなく歌ってのけ、聴衆を熱狂させたのである。輝かしい高音を持つリリック・テノールとして彼は名声を確立し、「キング・オブ・ハイC」という異名をとるに至った(このニックネームは彼が録音したアリア集の題名に由来する)。
きらめく高音で一世を風靡する一方、パバロッティは軽やかな美しさと共に強い響きもそなえた声質を生かし、レパートリーの拡充を計画。1970年に録音でリッカルド(ヴェルディの『仮面舞踏会』)に挑戦したのを皮切りに、より劇的な歌唱を必要とされるスピント系諸役へと進出し、評価を得た。その後、声質が重く変化していく(このため高音の輝かしさには翳りがでたが)につれスピント系の役を増やし、ヴェリズモ時代までの歌劇をレパートリーに加えている。
パバロッティはしばしばテレビに出演して大衆的な名声を得た。たとえば1977年3月の番組『ライブ・フロム・メト』に初めて出演してロドルフォを歌い、かつてテレビで放送されたオペラ上演中最大級の視聴者を魅了した。
1990年代、パバロッティは野外コンサートをしばしば開き、多くの聴衆を集めたことでも知られる。ロンドンのハイド・パークで行われた最初のコンサートはテレビで放送され、公園の歴史上初のクラシック演奏会となり、15万人という記録的な人数の聴衆を動員した。1993年6月にはニューヨークのセントラル・パークの大庭園で行われた彼の演奏会には50万人が集まり、テレビでもさらに数百万人がこれを視聴した。続いて9月にはパリのエッフェル塔の下でコンサートを開催、推定30万人を集めた。しかし、もっともよく知られているのはかつてのライバルドミンゴ、カレーラスとともに開いた「三大テノール」コンサートで、演奏会のCDやビデオテープの売上げはプレスリーやローリング・ストーンズをしのいだ。2001年にパバロッティはケネディ・センター名誉賞を受けている。
パバロッティは故・ダイアナ妃と親しく、世界の地雷除去のために寄付もしている。彼はダイアナ妃の葬儀で歌うよう招待されたが、とても悲しくて歌うことはできないとこれを辞退した。
2004年3月、69歳でメトロポリタン歌劇場において『トスカ』のカヴァラドッシ役を演じた。これを最後にオペラ上演からは引退。また同年より、世界中を巡る引退コンサート・ツアーを開始(東京からスタート)。
2006年のトリノオリンピックの開会式では『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」を歌い、開会式の掉尾に花を添えている。同年、膵臓がんが見つかり手術を受けたが、2007年9月6日、モデナの自宅にて腎不全により死去した。71歳だった。
(Wikipediaより引用)
■【訃報】パバロッティ死去関連ニュース
3大テノールのパバロッティさん死去
AP通信によると、3大テノールとして知られるイタリアのオペラ歌手、ルチアーノ・パバロッティさんが6日、死去した。71歳だった。パバロッティさんのマネージャーの話として伝えた。
パバロッティさんは2006年7月に、がんの手術をニューヨークの病院で受け退院。昨年、すい臓がんと診断されて7月に膵臓を摘出。手術は成功したが、その後発熱などの症状で再入院となり、8月末に退院してイタリア北部モデナの自宅で療養していた。
パバロッティさんは1935年、イタリアのモデナ生まれ。オペラ好きの父の影響を受け、幼少期を教会などで歌って過ごしたのち、61年にレッジョ・エミーリアのコンクールで1位を獲得しデビュー。その後はウィーン国立歌劇場、コヴェントガーデン王立歌劇場、ミラノ・スカラ座などに次々と出演した。
ドミンゴ、カレーラスと並ぶ「3大テノール」の実力に加え、イタリア人らしい茶目っ気あるステージは人気が高く、アリーナ・コンサートでも数万人の聴衆を集めた。また2002年には横浜市で開かれた日韓共催サッカー・ワールドカップ(W杯)記念コンサートに共演、06年のトリノ冬季五輪開会式では「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」を熱唱した。
(産経新聞より引用)
