南野陽子と箭内道彦(やないみちひこ)
南野陽子と箭内道彦(やないみちひこ)
最近では「笑っていいとも」などに出演し、幅広い層に人気の南野陽子さん。お付き合いしている事を認められたそうです。お相手はクリエーターの箭内道彦(やないみちひこ)さん。結婚については否定されたそうですが、二人の今後に注目です。


■南野陽子とは
南野 陽子(みなみの ようこ、1967年6月23日 - )は日本のアイドル歌手、女優。愛称ナンノ。兵庫県伊丹市出身、堀越高等学校卒業。身長161.8cm。靴のサイズは23.5cm、血液型はB型。エスワン・カンパニー→サザンフィールド(個人事務所)→スウィートベイジル→ケイダッシュ所属。
●兵庫県伊丹市立伊丹小学校・神戸市の私立松蔭中学校卒業。
●神戸市の私立松蔭高等学校在学中にオーディション合格。高校2年の夏に上京し、堀越高校に2学期より編入した。
●高校の同級生に岡田有希子、森奈みはる・本田美奈子がいる。本田美奈子とは堀越高校の編入試験の時から一緒だった。
●1984年、日本テレビのドラマ『名門私立女子高校』でデビュー。当初はエスワン・カンパニーに所属し、後にサザンフィールド(個人事務所 “南野”の英訳)、スイートベイジルを経て現在のケイダッシュ所属に。
●デビュー当時は全くの無名だったが地道な売り込み活動を行った結果、新人ながら青年漫画雑誌のグラビアでは異例の大量ページで取り上げられ、1986年にはフジテレビ系『スケバン刑事』シリーズ第2作『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』の主役を演じ一躍ブレイク。このドラマでの土佐訛りを交えた決まり文句「鉄仮面に顔を奪われ十と七とせ、生まれの証しさえ立たんこのあてぇ~が(私が)何の因果かマッポ(警察)の手先。二代目スケバン刑事(デカ)麻宮サキ。おまんらみたいに、**(相手の悪事を挙げる)するやつぁ絶対に許さんぜよ!」は子供達の「○○ごっこ遊び」に反映され、中でも「許さんぜよ!」は若者の間でも流行した。またフジカラー他多数のCMキャラクターを務めたことで中高年など幅広い年代層にも認知された。
●アイドルでありながら『スケバン刑事』で特撮をこなし、体に血糊や爆薬のついた状態で学校に向かう事もあったという。
●1985年6月に『恥ずかしすぎて』で歌手デビュー、アイドル歌手としての活動も開始した。1987年『楽園のDoor』でオリコンチャート第1位となり、その後も『話しかけたかった』『あなたを愛したい』『涙はどこへいったの』などがヒット曲となる。工藤静香、中山美穂、浅香唯と共に、女性アイドル四天王の一人として活躍したが、1992年頃に歌手活動を一旦休止する。
●1986年発売の写真集『陽子をひとりじめ…』は、アイドルの写真集としては異例の43万部を売り上げる。また1989年発売のエッセイ『月夜のくしゃみ』は15万部を記録(ともに「NANNO BOX」付属データブック、Sony Music Direct、MHCL 561~573、2005年 参照)。
●1988年にはNHK大河ドラマ『武田信玄』に出演。一人二役を演じる。「ブロマイド」年間売上成績で第1位に輝く。同年、グレナダで発行された切手の題材になる。
●同1988年11月、彼女のヒット曲『秋からも、そばにいて』で、TBSテレビ放送の歌番組『ザ・ベストテン』で第3位にランクインした際だったが、曲の歌唱中に突然、歌詞の一部を忘れてしまうハプニングに見舞われる。その後は唄いながらも緊張のあまりに手が震え、声もヒックリ返る程であった。そして曲の終了後に彼女は「どうもすみませんでした、ごめんなさい!」と悲痛な表情で涙を浮かべ、頭を下げながら謝罪した。その数年後、想い出を振り返る「ザ・ベストテン」にて、彼女は当時の事を「あの瞬間に私の歌手生命は終わったと感じました」と語っている。
●1989年、芸能事務所エスワンカンパニーから独立し個人事務所サザンフィールドを立ち上げる。
●1992年、映画『寒椿』で初ヌードを披露。『私を抱いて、そしてキスして』でもヌードを披露。
●1992年、映画『私を抱いて、そしてキスして』、『寒椿』での演技が評価され、日本アカデミー賞を受賞。
●1995年3月に帝国劇場で公演された『ゆずり葉の井戸』により約10年振りの舞台出演を果たす。これより以後、大衆演劇への出演が女優としての活動の大部分を占めることとなる。
●1999年、芸能事務所スイートベイジルより現在所属のケイダッシュへ移籍。
●2002年6月、愛の劇場『一攫千金夢家族』(TBS)で主役を演じ、これがいわゆる昼ドラマの初出演となった。このドラマは昼ドラとしては異例の高視聴率を記録しシリーズ化され、翌2003年6月にパート2が放映された。また、このドラマにより主婦層からの支持が高まったことが、コーセー「RELIVE」(2003年8月~)のCM契約につながったものと思われる。
●2005年、歌手デビュー20周年にあたるこの年は、自ら「ナンノちゃん祭り」と称し精力的に活動を行った。20周年を記念してソニーミュージックエンタテインメントから6月22日に『南野陽子 ナンノ・ボックス』を、9月28日に「ナンノ・DVDボックス」をそれぞれ発売。『南野陽子 ナンノ・ボックス』には14年振りにレコーディングされた新曲「最終(ラスト)オーダー」が収録され、ファンを歓喜させた。また、TBSのテレビ番組『うたばん』の企画によりポニーキャニオンから、7月27日に彼女のアイドル時代の代表曲である、マキシシングル『はいからさんが通る/吐息でネット』(セルフカバー)が発売され、これをきっかけに歌手活動を再開。7月31日には20周年を記念したファンイベントにおいて『はいからさんが通る』を初めて披露し、その後、NHK第37回『思い出のメロディー』ほか多数のテレビ番組に歌手として出演した。また、例年になく多数のラジオ番組にゲスト出演した。
●同年11月6日には、芸能界デビュー当時からの親友で、堀越高校での同級生でもあった本田美奈子が38歳の若さで死去。本田の訃報を聞いたのは、舞台本番の合間の事だったが、余りのショックにそのまま泣き崩れてしまったという。本田の通夜に駆け付けた時には、「私のコメントよりも彼女の歌をかけてあげて欲しい」等と気丈に記者達に語ったものの、その後南野は号泣しながら通夜の席を立ち去っていった。
●水着グラビアなどから、胸が小さめであるといわれてはいたが、2007年に発売された、当時の水着グラビアを元にしたフィギュアの原型に、南野本人曰く「自分のいい所は胸じゃなくて太股だから」と、大きめに造型されていた胸を小さめに改修させた。
●ファンを大切にしている。ラジオ『ナンノこれしきっ!』で「ナンノで起きろ! 目覚ましカセット」を限定100本製作した際、応募葉書約15,000通を受け取ったが(競争率150倍)、写真週刊誌が葉書の束を放り投げて紙吹雪にし、それをバックにした写真を撮ろうとした為、「ファンの皆さんから頂いた葉書を投げたり出来ません」と拒否した。結局、5,000通ずつ3つの山にしてデスクに積み上げ、その後ろで“皆さん、応募ありがとう”と笑顔の構図に変えられたという。また、日本テレビ放送の歌番組『歌のトップテン』に出演した際には、南野陽子本人をモデルにした作品を文化祭に出展したことがきっかけとなり、番組にゲストとして呼ばれた高校生と握手する時に、はめていた衣装の手袋をわざわざ取って握手したというエピソードが残っている。
●2007年4月より、『笑っていいとも!』の水曜日レギュラーとして現在出演中。なお、『笑っていいとも!』へ出演が決まった事について本人は、年齢的なことなど含め不思議で、申し訳ない気持ちだという。「活躍は出来ないと思います」と発言している。
●夕刊フジの月曜日に、コラム『あしたは、満月!』を現在連載中である。
●2007年5月17日、フジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」のコーナーにゲスト出演した際、カリフラワーが大嫌いである事を告白した。しかも、カリフラワーを食べ始めから終わりまで嫌いを連発し、対戦相手の伊藤淳史と木梨憲武を終始困惑させた。
●2007年5月22日、CMプランナーの箭内道彦と真剣に交際していることが報じられ、7月3日に交際を認めるも、結婚については否定した。
■箭内道彦とは
箭内 道彦(やない みちひこ、1964年4月10日? - )はコピーライター、CMプランナー、クリエイティブディレクター。「楽しくぬるま湯で仕事できるなら、質は下がってもいい」という思想だそうです。
●1964年福島県郡山市にて生まれる。
福島県立安積高等学校を卒業。
●1990年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業。
広告代理店の博報堂に入社。その後独立し、2003年に事務所、ショップ、ギャラリーを兼ねる風とロックを設立。
実家は和菓子屋を営んでいる。
●2007年5月22日、女優の南野陽子と真剣に交際していることが報じられた。
【箭内道彦主な企画作品】
●CM
・FUJIFILM 「Photo is 」[2]
・資生堂「uno お笑い芸人52人CM」[3]
・森永製菓「ハイチュウ」
・資生堂「uno デオドラントスプレー」
・東京メトロ
●Books
・『月刊 風とロック』 (2005年創刊)
・『別冊 風とロック』(パルコ出版)
・『風とロック 箭内道彦の21世紀広告』(晶文社)
・『風とロックとユナイテッドアローズ』(INFASパブリケーションズ)
・『風とCM』(誠文堂新光社)
・『mania 70's 木村カエラ×加瀬亮×箭内道彦』(INFASパブリケーションズ)
・『NO MUSIC,NO LIFE』(マガジンハウス)
・『NO MUSIC,NO LIFE.AD COLLECTIVE』(マガジンハウス)
(フレッシュアイ ウィキペディアより引用)
