石橋正高
石橋正高
歌手で女優の小柳ルミ子さん(55)が、12月に再婚する事がわかった。そのお相手とは27才年下で俳優の石橋正高さん(28)。石橋正高さんは俳優の石橋正次さん(57)の次男。既に、小柳ルミ子さんは石橋正高さんを「たかちゃん」と呼んで仲良く同棲しているそうです。
石橋正次さん(57)とではなく、その次男、石橋正高さん(28)と結婚です。
石橋正高さんは小柳ルミ子さんに指輪をプレゼントし、周囲には「(小柳ルミ子さんに)一生付いていきたい」と語っているそう。男性が女性に言うセリフとは思えないのだが、これも大女優と年下俳優なればこそだろうか。
実は、昨年12月12日に小柳ルミ子さんの母親愛子さん(享年86才)が亡くなっており、喪が明ける12月下旬に婚姻届を提出す予定なんだそうだ。
■小柳ルミ子さんと石橋正高さんが結婚
小柳ルミ子さんといえば、1989年に13才年下の大澄賢也さんと結婚していた事は皆さんもご存知かと思います。その後2人は夫婦で舞台やバラエティー番組に出演し、その鴛鴦夫婦ぶりが話題となりました。ところが2000年の1月に離婚。
小柳ルミ子さんは、大澄賢也さんと結婚後に立てた都内の豪邸に離婚後も一人で住んでいたが、昨年11月に売却し、今は都内のマンションに住んでいるそうだ。
石橋正高さんはその豪邸に頻繁に出入りしていたようだが、小柳ルミ子さんが大澄賢也さんと暮らしていた思い出残る豪邸を売却したのは、石橋正高さんとの心機一転、新たな生活を送る為ではないかと伺える。
■小柳ルミ子さんと石橋正高さんの出会い
石橋正高さんは、昨年4月に小柳ルミ子さんの主演舞台に出演している。おそらくこれが二人の出会いであり、交際のスタートもこの時期と思われる。
出会ってから1年3ヶ月。結婚を決めたらしい。最近の芸能界。付き合ってから結婚までって以外と短いんですよね。世間では結婚には慎重な男女が多く、晩婚傾向。まぁ、この二人は互いにいい年齢ですからなんですが・・・。
出会いから結婚まで1年ちょっとか・・・。ちょっと心配だけど、お二人ともお幸せに!!
■石橋正高画像

■石橋正高プロフィール
本名・・・ 石橋正高(いしばし・まさたか)
生年月日・・・ 1979年4月6日生まれ
出身・・・ 神奈川県
血液型・・・ AB型
身長・・・ 170cm
体重・・・ 58kg
デビュー・・・ 1998年
代表作品・・・ 亡国のイージス(2005年)
趣味・・・ サーフィン
特技・・・ 野球、殺陣、タップダンス
■小柳ルミ子画像

裏切ったら怖そうだなぁ・・・・・・・・。なんてね。お二人とも幸せな家庭を作ってくださいね。
■小柳ルミ子プロフィール
小柳 ルミ子(こやなぎ るみこ、rumico(るみこ)としても活動中、公称1952年(昭和27年)7月2日 - )は、日本の歌手、女優である。
本名、小柳留美子。福岡県福岡市生まれ。血液型はA型。
1970年(昭和45年)に宝塚音楽学校を首席で卒業、そのまま「夏川るみ」の名で宝塚歌劇団に入団するも初舞台のみで退団。
退団した同年、渡辺プロダクションに所属し、NHK連続テレビ小説「虹」で女優としてデビュー。翌年1971年(昭和46年)4月25日には作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューし、160万枚(売上枚数は新井恵美子『女たちの歌』より)の大ヒットとなる。同曲は1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第一位を記録し、当時としてはアイドルのデビューシングルとしては最大のヒットとなる(1997年にKinKi Kidsの「硝子の少年」に破られる)。またレコード大賞最優秀新人賞も受賞した。その後にリリースした「京のにわか雨」や「瀬戸の花嫁」も大ヒットし、天地真理、南沙織らとともに新三人娘と呼ばれ、1970年代前半を代表するアイドルとなった。
その後はアイドルというジャンルを卒業し、持ち前の歌唱力を活かした正統派歌手として「冬の駅」「星の砂」「お久しぶりね」「今さらジロー」などのヒット曲を飛ばす。その軌跡として、デビューの1971年(昭和46年)から1988年(昭和63年)まで、NHK紅白歌合戦に18年連続出場という実績を残している。その歌唱力は現在も健在である。さらに女優としても、1983年に公開の「白蛇抄」で見せた迫真の演技により、日本アカデミー賞主演女優賞を受賞する。
1989年(平成元年)に、13歳年下の無名のダンサーであった大澄賢也と電撃結婚。結婚後は大澄と共に夫婦でのテレビ出演やステージを精力的に行い、夫婦揃ってのステージは各地で大盛況となり、結婚後も仕事で成功を収めていた。かつては芸能界のおしどり夫婦とも呼ばれていたものの、2000年(平成12年)に離婚となる。離婚する条件として、大澄に対して高額の慰謝料を要求したこと、そうでなければ、以前の無名のバックダンサーに戻ることのどちらかの二者選択を迫っていたことが明らかになり、話題となった。なお、以前ある番組に出演した際に、上記の二者選択発言は、実際は大澄が発言したとも告白しているために、真相は当事者のみが知るところとなっている。
1994年(平成6年)、日本テレビで放送されていたドラマ「家なき子」に安達祐実演じる主人公・相沢すずを執拗に苛める伯母・園田京子役で出演、出演は3週だけだったが、小柳本人にとっては初の苛め役であり、話題を呼んだ。インタビューでは「絶対に弱みを見せないで頑張りましたね」と安達を評価したこともある。
2000年(平成12年)、日本テレビ系列にて松本幸四郎主演で放送されていたドラマ「明日を抱きしめて」にて、主要キャストとして出演していた三田佳子が息子の不祥事の心労から降板。急遽、白羽の矢が小柳に立てられ、堂々と後任として演じきり話題となる。
2002年(平成14年)、rumicoに改名。しかし引き続き「小柳ルミ子」の名義でも活動しており、依然としてこちらの知名度の方が高い。
かなりの近眼であるのは有名。また霊感も強く、旅先でのホテルなどで体験した心霊体験は「ごきげんよう」などのテレビ番組で度々、披露されている。
(Wikipediaより引用)
